成年後見制度(法定後見、任意後見)

 身内の方が認知症を発症し、介護付き老人ホームに入所することになりました。この老人ホームの入所には入居一時金として500万円が必要とのことで、ご家族の方が本人名義の定額貯金を解約しようと郵便局の窓口に出向きました。ところが窓口の担当者から、「ご本人に来てもらわないと手続きができません。ご本人様が認知症で窓口に来られないのでしたら、「後見人」を付けてください」と言われました。認知症等精神障害によって判断能力が低下すると、名義人本人の意思確認ができないため、金融機関ではこのような対応をせざるを得ないのです。これは不動産の売却の場合でも、遺産分割協議の場面でも同様です。
 ここでいう「後見人」とは、2000年から施行された「成年後見制度」による「法定後見人」のことです。成年後見制度とは、認知症などで判断能力が低下した人を法律的に支援する制度で、家庭裁判所の監督のもと、本人の財産を保護(財産管理)し、生活や看護をサポート(身上監護)します。すでに本人の判断能力が低下してしまってから、親族等が家庭裁判所への申し立て、裁判所が審判の確定と後見人を選任してスタートする制度が「法定後見制度」、未だ判断能力は衰えていないけれども、元気なうちに将来自分の後見人になってくれる人との間で、財産管理や身上監護についての取り決めを公正証書にしておく制度が「任意後見制度」です。なお、「任意後見制度」による後見のスタートは、本人の判断能力が低下した時点で、後見人受任者等が家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立て、裁判所が任意後見監督人を選任してからになります。

1.後見人を付けるまでの流れ

(1)申立ての準備

 身内の方が認知症など精神障害から判断能力が低下し、後見人を付けざるを得なくなったとき、先ずはご本人の住所地を管轄する家庭裁判所(例えば東京家庭裁判所立川支部)にご家族など申立人が出向き、制度や手続きの説明を受け、申立てに必要な書類リスト(後見申し立てセット)をもらい、申立ての準備に取り掛かります(書類の郵送受領等もあります)。
 この必要書類の中には医師の診断書(成年後見用)、戸籍謄本、登記されていないことの証明書などの作成や入手に時間のかかるものもありますので、最低2~3週間程度かかります。なお、この段階で誰を後見人(候補者)とするか決めておく必要があります。
また、初めてのことでもありますので、成年後見を専門とする司法書士などに手続きの支援(有料)をうけるのもよいかと思います。

(2)申立てと裁判所の事情聴取

 必要書類が整ったら申立て日時を電話で予約します。必要書類は予め郵送しておきます。申立ての日時には、申立人が後見人候補者を伴い家庭裁判所に出向きます。申立て後、即日事情聴取がありますので、当日は1~2時間かかります。家庭裁判所では事情聴取後、鑑定(裁判所が指定した医師の下での精神鑑定)、本人調査(本人との面接)、親族への意向調査について、それぞれ要・不要を検討し、必要があると認めたときは鑑定等をすることがあります。一度申立てをすると、その取下げをするには家庭裁判所の許可が必要となりますので注意してください。

(3)審判

 鑑定や調査が終了した後、家庭裁判所では後見開始の審判を行い、併せて最も適任と思われる人を後見人に選任します。申立ての事情、本人の財産額、後見人候補者の適格性などを勘案し、そのまま申立て時の後見人候補者を後見人とする場合と別途専門職後見人(弁護士、司法書士、社会福祉士など)を指名する場合とがあります。家族が後見人になりたいと思っても、その通りになるとは限りませんので注意が必要です。また、別に後見監督人(弁護士など)が選任され、後見人を監督することもあります。
 本人の流動資産が500万円以上の場合、申立人に対し「後見制度支援信託」や「後見制度支援預金」の利用を勧められることが多いようです。「後見制度支援信託」を利用することとした場合、専門職後見人が信託銀行等と信託契約を締結した後、本人の財産を親族後見人に引き継ぎます。「後見制度支援預金」では専門職後見人が付きませんので、親族後見人自らが銀行等での口座開設等の手続きをします。
 なお、「後見人支援信託・支援預金」とは、本人の財産のうち、急な入院費用等の臨時出費に備えるための若干の金額を手許に残し、残りを全て信託銀行等に預け、この預けたお金は家庭裁判所の指示書がないと引き出せないようにする制度です。これにより、本人の財産の保護を簡易・確実に行おうとするものです。

(4)審判確定と東京法務局登記(後見の開始)

 審判が終わると審判書が後見人、申立人及び本人に特別送達で送られてきます。これが届いてから2週間以内に不服申し立てがされない場合、後見開始審判の法的効力が確定します。なお、誰を後見人とするかという審判については、不服を申し立てることはできません。
 このあと、家庭裁判所では東京法務局に審判内容を登記する手続きを依頼します。この登記が完了すると法務局から「登記事項証明書」(後見人であることの証明)の発行を受けることができます。その後裁判所から後見人へ通知書が送付され、この通知書の指示に基づき後見人は本人の財産目録等を作成します。これが終わると後見の実務が開始されます。

(5)後見開始までの期間と費用

 申立てから審判まで、特に問題がなければ1~2か月程度と言われていますが、申立て前の準備や審判後の不服申立期間、登記にかかる期間を加えると、少なくとも3か月程度はかかるとみておいたほうが良いでしょう。費用面では、家庭裁判所の手続き費用(申立て手数料800円、登記手数料2600円、郵送料3270円、鑑定費用実費)のほか、申立てまでに必要な費用(医者の診断書、登記簿謄本、住民票、不動産登記簿謄本及び登記されていないことの証明書の各手数料など)がかかります。家庭裁判所から鑑定書の提出を求められた場合、鑑定料として5~10万円が必要となるケースが多いようです。

 東京家庭裁判所後見センター「申立てをお考えの方へ」を参考にしました。

2.後見人にできること、できないこと

 成年後見制度の申し立て理由では、第一位が預貯金の管理・解約(37.1%)、第二位が身上保護(23.7%)、第三位が介護保険契約(12.0%)、第四位が不動産の処分(10.4%)、第五位が相続手続き(8.0%)、第六位が保険金受取(4.2%)となっています。(令和2年の1年間の実績、最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」から)

(1)後見人の職務

 「成年後見人は、成年被後見人(本人)の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」(民法858条)とされ、成年後見人の役割は身上監護(療養看護)と財産管理の二つとされています。

①身上監護

 生活、療養看護にかかわる法律行為と準法律行為(法律行為に付随するもの)であり、申立て理由では「身上保護」や「介護保険契約」がこれに当たります。
 主な内容は、入院等に関する契約(医療契約)の締結や支払い、本人の住居確保に関する契約(賃貸借契約など)の締結や支払い、施設等の入退所に関する契約の締結や支払い及び施設での処遇監視・異議申し立て、介護を依頼する行為及び介護・生活維持に関連して必要な契約の締結や支払いなど(介護・支援事業サービス契約、ケアプラン作成手続きへの関与、サービス提供事業者又は施設による履行状況の監視・監督など)、訴訟行為、一般的見守り活動などです。
 一方、現実の介護や手術の同意等の事実行為は含まれません。具体的には、本人に食事の介助をするとか車椅子を押すとかの介助行為は後見人の仕事ではありません(してはいけません)。また、身元引受人、身元保証人、入院保証人になることも、医療行為の判断の同意(医療行為の代諾)もできません。

②財産管理

 本人に属する財産は、家庭裁判所の監督のもと、全て後見人が管理することとなります。資産の使い方は、身上監護を目的とする支出が優先され、たとえ扶養家族への生活費であっても、当然に支出できるものとはされません。
 財産管理の主な内容は、財産(不動産、預貯金、現金など)の管理・保存・処分に関すること、年金・生活保護などの公的資金援助の申請・受領、金融機関との取引(入出金・口座開設・解約など)、定期的な収入の受領及び費用の支払い、必要な物品の購入など、生損保保険に関すること、証書・印鑑等の保管及び各種手続き、相続に関することなどです。
 一方、株式投資などの資金運用、不動産の担保提供、親族・第三者への贈与(暦年贈与など)や貸付などは、本人の財産保護の観点から原則として認められません。認知症発症前なら本人が認めていたであろうこれらの行為であっても、後見人としては認めることができません。

3.成年後見制度の適用で困ること

 親族が後見人をしたいと思っても希望通りに就任できるとは限りません。2020年の実績では親族後見人は20%で、専門職後見人が69%を占めています。過去に親族後見人の不祥事があったせいで、20年前とは割合が逆転しています。裁判所では本人に一定の財産額があると専門職後見人を付けるようにしているようです。
 この制度を適用すると一定の経済的負担を覚悟しなければなりません。専門職後見人が就任すると月額2万円以上の報酬が必要となり、親族後見人に後見監督人(弁護士など)がついても月額1万円以上の報酬が必要となります。しかも、本人が亡くなるまで続きます。途中で後見人を変えてほしいと思っても、これもできません。
 言ってみれば、見知らぬ他人が乗り込んできて、これまで本人の財布で賄ってきた家族の生活をすべてをコントロールします。ましてや資産運用も相続税対策もできなくなり、当初の問題が後見人によって解消できたとしても、家族としては「こんなはずではなかった」と思うことにもなりかねません。成年後見制度の適用は、慎重に検討した結果、ほかに方法がないときの最後の手段と考えるべきです。

4.その他の制度

 本人が認知症を発症し判断能力がなくなってしまってからでは、成年後見制度の適用以外の対応手段は限られますが、判断能力がある段階であれば、様々な制度があります。

(1)任意後見制度

 今までは認知症を発症し、判断能力が低下した後において、本人が安心して暮らせる制度としての後見制度を説明してきました。これは、成年後見制度のうち、法定後見制度と呼ばれるものです。
 一方、本人が元気なうちに、自分が認知症などになったときに備えて、将来自分の後見人になってくれる人(任意後見受任者)との間で、財産管理や身上監護に関することを取り決め、これを公正証書としておくことで機能が発揮する任意後見制度があります。本人の判断能力が低下した時点で任意後見受任者等が家庭裁判所に任意後見監督人選任を申立て、審判・告知・登記を経て、任意後見人受任者が任意後見人となって、法定後見と同様に後見業務を開始する制度です。
 法定後見と任意後見との大きな違いは、法定後見では代理権は財産に関する法律行為のすべてに及びますが、任意後見では代理権の範囲は契約によって決められた範囲に限られること、また、任意後見には本人の意思尊重の観点から、法定後見にはある取消権や同意権がないことです。また、法定後見では後見人を選ぶことができませんでしたが、任意後見では自分で好きな後見人を選ぶことができ、裁判所の許可もいりません。
 そのほか、任意後見のオプションとして、後見事務が開始される前の段階において、任意後見受任者との間で「見守り契約」あるいは「生前事務委任契約(身上監護・財産管理の委任)」を入れたり、さらに死亡後の取り扱いを決める「死後事務委任契約(葬儀・埋葬・遺品処理などの委任)」も入れることができます。
 また、任意後見制度においては、必ず任意後見監督人がつきます。任意後見監督人の役割は、任意後見人の不正がないか、契約内容に沿った適正な本人保護(身上監護、財産管理)がなされているかなどで、裁判所の管理という点では、任意後見制度においても変わりはありませんので、後見事務について制約があることを知っておかなければなりません。加えて、任意後見監督人への月額1万円以上の報酬が必要となります。
 現実には、契約内容を専門家を入れて検討しなくてはならないこと、公証役場に出向いて公正証書としなければならないことなどから敬遠され、法定後見との比較でみると実績数は少ない(平成30年末時点 成年後見制度利用者数全体の1.2% 厚労省調べ)です。

(2)家族信託

 家族信託は、本人の特定の財産について自分の信頼できる親族などに、運用管理及び処分を託するものです。契約の方法など難しく、専門家に頼らなければならないところもありますが、将来自分が認知症となり判断能力が低下したときでも、また自分が亡くなった後においても自分の指示した通りに財産を運用管理・処分してもらうことのできる便利な機能をもつ制度です。ただし、この制度には生活・療養看護にかかる身上監護については含まれません。身上監護をも目的とする成年後見制度(任意後見)との併用も検討しておく必要があるかもしれません。

(3)遺言

 自分の配偶者や子に認知症などの精神障害があり、自分の死後、遺産分割協議をするうえで成年後見人を立てざるを得ないと予想される場合、遺言で相続分を指定しておくことによって、遺産分割協議を回避することができます。残された家族のことを考えれば、遺言書は書いておくべきでしょう。

(4)「予約型代理人サービス」、「代理人指名手続き」等の活用

 2021年2月18日に全国銀行協会は「金融取引の代理人等に関する考え方」と題して、認知能力の低下した人の代理人との金融取引に対する考え方を取りまとめ、公表しました。
 これによりますと、原則、成年後見制度の適用を促すとしながらも、「本人から親族等への有効な代理権付与が行われ、銀行が親族等に代理権を付与する任意代理人の届出を受けている場合は、当該代理人と取引を行うことも可能」(任意代理人との取引)とし、さらに「認知能力を喪失する以前であれば本人が支払ったであろう本人の医療費等の支払い手続きを親族等が代わりにする行為など、本人の利益に適合することが明らかである場合に限り、依頼に応ずることが考えられる。」(無権代理人との取引)としています。
 成年後見制度の利用者数は2018年12月末で約22万人にとどまっているうえ、2025年には認知症患者数は約700万人(65歳以上の人口の5人に1人の割合)に上るという推計があるなか、銀行が家族に成年後見制度の利用を促しても、月々の費用や、第三者に家族の資産を委ねることの抵抗感等を理由に、制度を利用してもらえないケースがある一方で、本人の医療費、施設入居費、生活費等の支払いに充当するするめ、親族等への預金の払出を求められることが増加し、各銀行の窓口ではこの対応に迫られていました。そこで、全国銀行協会ではこれらに係る対応指針として取りまとめたものです。
 「予約型代理人サービス」(三菱UFJファイナンシャルグループ)、「代理人指名手続き」(三井住友銀行)は、本人が認知症などで金融取引ができなくなったときのために、予め自分の代わりに取引をおこなう「代理人」を指定しておけるもので、全銀協が公表した「任意代理人との取引」の対応指針に沿ったものと言えます。今後、ほかの銀行でも同様のサービスが開始されるものと思われます。
 「無権代理人との取引」(本人の委任状がない取引)については、親族等が、本人が現に入院している病院の医療費や入所している施設の利用料等を本人の預金口座から、直接その支払先(病院や施設等)に振り込んでもらうような場合に認められると思われますが、各銀行それぞれの対応となりますので、相談してみることです。また、銀行では代理人のキャッシュカードの発行を認めていますので、予め作っておくとよいでしょう。
 また、本人が認知症等で窓口に出向かれなくなる前に、定期貯金・定額貯金を解約し通常貯金に振り替えておくなど、対策を取っておくことも必要かもしれません。

5.最後に

 成年後見制度について、ブログ記事としては長々と書いてしまいましたが、認知症の問題は「終活」を考えるうえで、また高齢者を抱える家族にとっても結構重要な問題です。この制度を利用せざるを得なくなったときのために、後見人が付くまでの具体的な流れや後見人の役割、制度の何が問題なのか等、一通り知識として頭に入れておく必要があると考えます。
 成年後見制度は生活保護制度と同様に、社会的弱者のために設けられたセーフティネットであり、本人が安心して生活していく上で最後の砦です。そのため、制度を利用するにあたっては、相応の制約は免れないことを覚悟すべきです。
 このセーフティネットに助けてもらう前に、私たちは何を準備しておいたらよいか、その考察の一助とすべくこの項目を書きました。ご参考になれば幸いです。